昔から色んな角度で物事を見れていたかというとそんなことなくて、

むしろ逆のタイプでした。

1つの物の見方しか出来なくて、なかなか他を認められない。

なので、息苦しい思いをしたことも多いです。

 

 

例えば、

「どこかに絶対的に正しいやり方があるはずだ!」

みたいに、正解をひたすら追い求めたり・・・。

 

今でもそのパターンが出てくることがあります。(・ω・;)

でも以前ほどでは無くなっています。

 

 

最近は、

自分が何かについての正しいやり方を探してるなぁと気づいたら、

その「何か」についてのルールがどのようなものかに着目します。

 

 

ルールが細かく決められて範囲が絞られていて変更が少ないほど、

「正しいやり方」は狭く濃く分布します。

代わりに自由度は低くなります。

 

逆に

ルールが少なくて範囲がめちゃめちゃ広くて変更がいつ起きるか分からないほど、

「正しいやり方」は広く薄く分布します。

代わりに自由度は高くなります。

 

 

例えば、「スポーツ」は

ルールが細かく決められて範囲が絞られていて変更が少ないので

正しいやり方やセオリーが成り立ちやすいです。

 

もう一つ別の例で。
「生き方」というテーマだと

ルールが少なくて範囲がめちゃめちゃ広くて変更がいつ起きるか分からないので

正しいやり方は広く薄~く分布し、

代わりに自由度やオリジナリティが高くなります。

 

 

あなたが

何かについての正しいやり方を探してるなぁと感じたら、

その「何か」についてのルールがどのようなものかに着目してみてください。

 

自由度やオリジナリティが高いテーマなのに

「正しいやり方がどこかに転がってるはずだ!」とエネルギーを浪費しようとしているかもしれません。
もしそうなら、
「探す」を手放して、「創造する」という行動パターンに切り替えてみてはどうでしょうか。

 

 

P.S.

 

ルールはあらかじめ用意されているものもありますし、

自分で課しているものもあります。

そして無意識に課していると、ルールを抱えていること自体に気づかなかったりします。

 

その場合、

客観的に話を聞いてフィードバックしてくれる人に話を聞いてもらったり、

静かな環境の中で自分自身を客観的に眺めてみたりしてみるといいかもしれません。