底にある起点を承認すると・・

広島から戻ってきてしばらくしてから
だんだんと意識が縮まっていく感覚のようなものがあって、
何だか息苦しさみたいなものを感じてて・・

「うわー、これ嫌だなー・・」と思って、
心理的なアプローチ、身体的なアプローチの両面から何とかしようとしてたのだけど、
何ともならない!(笑

一時的に軽くはなるけど、
すぐ息苦しさが戻ってくる。

「うーん・・これは何か違うんだな。多分。(- -;)」と思って
”意識が縮まっている感覚を何とかしようとする”のをもう止めてみよう!と試してみる。

・・・が、
意識が縮まった感覚からくる息苦しさは
やっぱり残ってるわけでー・・。

はぁ・・もう・・・ ( ´・ω・)=3
となって、フッと気づいた。

「意識が縮まってるのはダメだ」っていう発想が起点になってるって。

なるほど・・。
ってことは、「意識が縮まってもいい♪」なのか。
たしかに全体で起きることがただ自然と起きているんだものね。
('ω')

そう思って、
視点を変えて、イメージを変えて、姿勢を変えて、呼吸を変えて・・、
としていくうちにリラックスできてきて、
意識が縮まった感覚が解消されてきて、
やる気も沸いてきて、

いまこうやってブログ書いてます。(笑

発想の起点にちゃんと気づく。
そして
その起点をそのまま承認する。(こわいけど(笑))

日々練習、日々実践ですね~。

 

 

Body・Mind・Spirit ⇒

Body(身体)・Mind(思考)・Spirit(魂)
どのアプローチでも
最終的に『リラックスの大切さ』に行き付くと最近は思います。

何かを目指すためでなく、
何かを達成するためなく、
ただリラックスして、
くつろぐ。

その静かで豊かな0(ゼロ)の空間に立ち還る。

そこから、
創造する。
体現する。

 

 

私というフィクション

「全体」から見たら、私はフィクションになります。
「私」から見たら、「私」と「私以外のもの」になるので、
全体は消えてしまいます。

普段わたしたちは、確固たる「私」という枠を感じていますが、
この枠が実はとてもあいまいなものである
ストーリーによって形作られた幻の枠である
という気づきを深めていくこともできます。

その気づきや感覚が深まると、
自然と心は軽く穏やかなものに戻っていきます。

 

 

ルールが細かく決まっていて範囲が狭く変更が少ない世界の場合

今回は、「”分からなくて立ち止まる”から一歩踏み出す」の続き、
ルールが細かく決まっていて範囲が狭く変更が少ない世界の場合について書きます。

1歩踏み出すための視点、3つご紹介します。

まず1つめの視点。

①:成果につながるやり方を知っている人から教わりながら経験を積む

ルールが細かく決まっていて範囲が狭く変更が少ない世界では、
レシピが確立していて1回やり方が身に着いたら後は失敗がほとんどなくなるものも多いです。

その場合、
あれこれ悩むより、ノウハウを知ってる人に教わるのが手っ取り早いです。
分かりやすい例で言えば、料理やスポーツですね。

そして2つめの視点。

②:根底にある喜び・願いを明らかにして、ルールをずらす

ルールには制度やシステム上外せないものもありますが、
自分の好みで抱えているものもあります。

この”自分好みで抱えているルール”の奥底にある『何が喜びなのか?どんな願いがあるのか?』を見つけてルールを少しずらしてみます。
それによって、新しい可能性を浮かび上がらせるという方法です。

そして、①でも②でもダメなときに

③:①や②を実践できない原因になっているルールを外す

になります。
メンタルブロックを外すとか執着を手放すとかも同じ意味です。

いきなり③を選ぶのではなく
①or②の視点をまずは試すことをオススメします。

例えば、
どんなノウハウがあるのか本を探してみたり、
達成した場面をイメージしてみて
自分の中に湧き上がる喜びはどんなメッセージを含んでいるのかをつぶさに感じてみたり。

いきなり成果に到達するのを自分に課すのではなく、
小さな小さなハードルをまずはピョンと越えてみる。

そして、具体的な一歩を踏み出した自分を褒めてみてくださいね。

 

 

どっちに分けるのが正しいの?

今回は、「ルールが細かく決まっていて範囲が狭く変更が少ない場合」について書く予定だったのですが、その前に補足を書こうと思います。

「ルールが細かく決まっていて範囲が狭く変更が少ない」

「ルールが少なく範囲が広く変更がいつ起きるか分からない」
は、

明確な線引きがあって、
これはこっちのパターン、これはあっちのパターンと分けられる・・・
と考えると、多分苦しくなります(笑

「これは、どっちなの?どっちに分けるのが正しいの?」
となってしまうでしょうから。

物事は大小さまざまな要素の上に現象として現れます。

なので、単純に右か左かのどちらかに分けるのではなく、
どこらへんに位置するのか?と考えてみます。

そして、

「ルールが細かく決まっていて範囲が狭く変更が少ない」に近いほど、
セオリーが狭く濃く分布し、自由度は低くなる傾向がある。

「ルールが少なくて範囲が広くて変更がいつ起きるか分からない」に近いほど、
セオリーは広く薄く分布し、自由度は高くなる傾向がある。

というふうに、指標として使うのをオススメします。

 

 

「分からなくて立ち止まる」から一歩踏み出す

前回は「正しいやり方を探すのを手放す」について書きました。
そのなかで自由度やオリジナリティとルールについて少し触れましたので、
今回はそれに関連して「分からなくて立ち止まる」から一歩踏み出す視点について書きます。

自分らしさや自分ならではのものを形にしたいと思いながらも
結果が分からなくて立ち止まってしまう・・とか
イメージがぼんやりし過ぎて自信を持てない・・といった状況から
一歩を踏み出すきっかけになれば嬉しいです。

先に前回の記事を読むと分かりやすい内容になっていると思うので、
まだ読んでない方は、そちらから読んでみてくださいね。
(前記事:「正しいやり方を探すのを手放す」

 

どういう視点かというと、
「分からなくて当たり前♪だから行動してみる。」
です。

それが簡単にできれば苦労しませんって!
分かります。
わたしもそうでしたから。(もっと言うと、今でも止まっちゃうことあります)

これを、ちょっと違う角度から考えてみましょう。

あなたが「やりたい!」,「形にしたい!」と思っている
「私らしさの発揮」や「私らしいモノ」は何でしょうか?

それは全く同じ前例があるものでしょうか?

何から何まであなたと全く同じ存在・同じ環境が過去に存在していたなら
前例はあるかもしれませんけど・・・
そんなこと無いですよね(笑

「私らしさの発揮」や「私らしいモノ」を具体的に形にしていくということは、
この宇宙に前例のないものを「創造していく」と言えます。

だから、
トレースできる前例が無いので、
自分の過去の事例や
同じようなことをやった人からヒントを貰おうとします。

さて・・・

もしあなたが形にしていきたい「私らしさの発揮」や「私らしいモノ」が
ルールや条件が細かく決まっていて範囲が狭く変更が少ない世界のものであれば、
自分の過去の事例や同じようなことをやった人の話から
「そんなのやらなくても分かる。」と判断できるかもしれません。

でも、
ルールや条件が少なくて範囲が広く変更がいつ起きるが分からない世界のものであれば、
自由度が高く、ランダムや想定外の展開も多くなります。
なので、
「やってみなくちゃ分からない。」と言える部分が多くなると思いませんか?

それに、
この宇宙にまだ無いものを創造していくんですから、
色々と分からないところがあって当たり前だと思うんです。

『分からないことを形にしていく=この宇宙にまだ無いものを創造する』

なので、
「分からなくて当たり前♪だから行動してみる。」

まずは小さいことからで良いと思うんです。
ブログでつぶやいてみるとか
人と会う約束をするとか
自分に心から優しくしてみるとか。

後々になってその小さな一歩を、
「あの一歩があったから、こうやって形にできたんだよねー。」と
振り返ることになるかもしれません。

 

 

正しいやり方を探し求めるのを手放す

昔から色んな角度で物事を見れていたかというとそんなことなくて、

むしろ逆のタイプでした。

1つの物の見方しか出来なくて、なかなか他を認められない。

なので、息苦しい思いをしたことも多いです。

 

 

例えば、

「どこかに絶対的に正しいやり方があるはずだ!」

みたいに、正解をひたすら追い求めたり・・・。

 

今でもそのパターンが出てくることがあります。(・ω・;)

でも以前ほどでは無くなっています。

 

 

最近は、

自分が何かについての正しいやり方を探してるなぁと気づいたら、

その「何か」についてのルールがどのようなものかに着目します。

 

 

ルールが細かく決められて範囲が絞られていて変更が少ないほど、

「正しいやり方」は狭く濃く分布します。

代わりに自由度は低くなります。

 

逆に

ルールが少なくて範囲がめちゃめちゃ広くて変更がいつ起きるか分からないほど、

「正しいやり方」は広く薄く分布します。

代わりに自由度は高くなります。

 

 

例えば、「スポーツ」は

ルールが細かく決められて範囲が絞られていて変更が少ないので

正しいやり方やセオリーが成り立ちやすいです。

 

もう一つ別の例で。
「生き方」というテーマだと

ルールが少なくて範囲がめちゃめちゃ広くて変更がいつ起きるか分からないので

正しいやり方は広く薄~く分布し、

代わりに自由度やオリジナリティが高くなります。

 

 

あなたが

何かについての正しいやり方を探してるなぁと感じたら、

その「何か」についてのルールがどのようなものかに着目してみてください。

 

自由度やオリジナリティが高いテーマなのに

「正しいやり方がどこかに転がってるはずだ!」とエネルギーを浪費しようとしているかもしれません。
もしそうなら、
「探す」を手放して、「創造する」という行動パターンに切り替えてみてはどうでしょうか。

 

 

P.S.

 

ルールはあらかじめ用意されているものもありますし、

自分で課しているものもあります。

そして無意識に課していると、ルールを抱えていること自体に気づかなかったりします。

 

その場合、

客観的に話を聞いてフィードバックしてくれる人に話を聞いてもらったり、

静かな環境の中で自分自身を客観的に眺めてみたりしてみるといいかもしれません。