言葉のキャッチボール・・・?

『考察:言葉のキャッチボールという表現について』

脳科学や認知の仕組みを踏まえて考えてみた。

人は入ってきた情報を

潜在意識レベルで

過去の記憶や信念(思いこみ)といったフィルタを通して

意味付けを行い、必要な部分だけを意識層へ渡す。

ということは、

入ってきた情報をどのように解釈し取捨選択するかは

受取った人が決めているということになる。

しかも自分でも気付かないうちに。

また、

会話=言葉ではないわけで・・。

声の大きさ、トーン、表情、ジェスチャーなども

会話を形作るものだと思う。

となると

会話を「言葉のキャッチボール」と表現したりするけども

はたしてそうなんだろうか?

と思えてくる。

言葉のキャッチボールという表現だと

1個のボールをやりとりしてるイメージだけども

本当の会話は

大量のボールが一度に投げられ、

相手がその中から「あ・・このボールは受取らなきゃ」

と思ったものを受取っている

という表現のほうが合っている。

カードゲームに例えても良いかもしれない。

話している側が

言葉・声の大きさ・トーン・表情・姿勢といった

色んな種類のカードをドサッと場に出して、

受取る側が

「これがいる」と思ったカードを場から選んで

自分の手元に持ってきている。

このとらえ方だと

「自分を傷つけられるのは自分だけだ。」

という言葉も理解しやすい。

自分にダメージを与えるようなカードを

自分で選んで手元に持ってきてしまっている・・というわけだ。

なので、

「あなたは、そう思ってるのか―。でも、私はそのカードいらない♪」

という選択も出来る。

受取る・受取らないは自由。

もっとも、

「ずっと俺のターン!」という感じで

場に出されたカードは一切受け取らず

一方的に出すばっかりっていうのは困りものだけど(笑