感情

感情って

『状態』

ではなく、

私たちの中を

『通過するもの』

だと思うのです。

ネガティブな感情に

いつまでも囚われていたり、

楽しさや嬉しさを

いつまでも感じていたいと画策したり・・・、

ついつい私たちは

状態として扱おうとしてしまうけれど

健康で自然体な心の在り方のとき

感情は通過するものになるのではないでしょうか。

 

 

伝えるということ

 

40bitの思いが11100000bitの情報になり

11100000bitの情報が加工されて40bitの思いになる。

「ちゃんと分かって欲しい」という想いが

どれほど大変な事であり、

そしてまた傲慢なことなのか・・・。

人前に立って話をすればするほど

相手を尊重し「委ねる」ことの重要さを感じる。

 

 

毎日紡がれる物語

同じものを学んだとしても

それをどのように消化し、実践して結果に繋げたか

内側でどんな思いが巡ったか

どんなご縁が支えになったか

それは人それぞれ。

「あの人みたいになりたい!」

そう思って

歩み続け、辿り着いたとき

振り返って見えるのは

「あの人みたいな人生」ではなく「わたしの人生」

人は何者にもなれる。

と同時に

人は自分にしかなれない。

私たちは常に

my storyを紡いでいる。

 

 

わたしって(あなたって)

わたしって(あなたって)、○○○だよね。

それは、
事実?

それとも、
評価?

事実は
ありのまま。

評価には
「誰か」が作った基準が必要。

私たちは、
周りも
自分自身も

いろんな「基準」で切り取って見ている。

 

 

人生で花開く大輪の花

ひまわりって

大きな一つの花に見えるけど

実は沢山の花が集まって

一つの花の形を作ってる。

(頭状花序と言うらしい)

「本当にやりたい事」や

「人生を通して成し遂げたい事」も

同じではないだろうか。

いろんな

「好き!」

「ワクワク♪」

「大切なもの」

「感謝」

「やりがいを感じる瞬間」

が集まって

一つの大きなテーマになる。

人生の大きな大輪の花が

本当に一つの大きな花であるとは限らない。